大判例

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長崎地方裁判所 昭和40年(ワ)264号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕同(三)について(編注、麺類の製造販売業における得べかりし利益喪失の主張)

<証拠>を総合すると、原告は、もともと、自己の個人経営で麺類の製造販売業を営んでいたところ、その後これを会社組織に改めることにして、昭和三二年四、五月頃、同じ営業目的の訴外有限会社駅前製麺所を設立したが、その社員は自己の妻訴外中山満里ほか二名とし、自らはその被雇用者として賃金の支給をうける形式をとつたこと、しかし、右訴外会社は、原告の前記個人営業の単なる形式上の変身であつて、その実体は原告の個人経営にほかならず、その現実の出資者は原告であり、その現実の主たる営業活動者もまた原告であつて、原告としては、形式上はともかく、現実には右訴外会社から賃金なるものの支給は受けてはおらず、また形式上も、徴税上同訴外会社が法人税法上のいわゆる同族会社とされている関係上、原告に対する帳簿上の支給賃金は同税法上の役員賞与とみなされ、いわゆる損金には算入されていないこと、もつとも、右訴外会社の代表者は、設立以来前記中山満里であつたが、昭和四一年五月以降は原告であることをそれぞれ認めることができ、<証拠>を総合すると、前記訴外会社の営業成績(ただし、対税務署関係のもの)は、昭和三六年一〇月一日から昭和三七年九月三〇日までの法人税法上の事業年度の分が金五万八、六一五円の、昭和三七年一〇月一日から昭和三八年九月三〇日までのそれが金七万六、一一三円の、昭和三八年一〇月一日から昭和三九年九月三〇日までのそれが金九万八、一二七円の各純益、昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までのそれが金四万九、四五八円の欠損となつていること、右欠損は、原告の前記受傷による稼働困難と原告受傷後の手伝人がその間において手伝いをやめたことによるものであつたことをそれぞれ認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。以上の事実によると、右訴外会社の実質上の経営者であつた原告は、前記受傷による稼働困難のため、昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの間において、昭和三六年一〇月一日から昭和三七年九月三〇日まで、同年一〇月一日から昭和三八年九月三〇日まで、および同年一〇月一日から昭和三九年九月三〇日までの各事業年度における前記純収益の平均額に比し、金一二万七、〇七六円(五〇銭未満切捨て)の純益の減収をきたしたものであることが計算上明らかである。しかし、原告のその余の右主張事実については、これにそうかのような<証拠判断>他にその事実を認めさせるに足りる証拠はない。のみならず、かえつて、前記訴外会社の昭和三六年一〇月一日から昭和三九年九月三〇日までの間の各事業年度における純益(対税務署関係のもの)は、いずれもさきに認定したとおりであるところ、<証拠>を総合すると、右訴外外会社の昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの法人税法上の事業年度における純益(ただし、同じく税務署関係のもの)は、前記各事業年度におけるそれよりも増大していることを認めることができる。なお、原告が被告会社から金三二万四、五二〇円の支払いをうけていることは、原告においてこれを自認するところであり、それが休業補償費名義のもとに支払われたことは、当事者間に争いがないが、<証拠>を総合すると、右金員は、原告の前記入院期間中、右訴外会社から臨時に雇い入れられた被雇用者に対して支給すべき賃金の支払いにあてるものとして、一応支払われたものであることを認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。したがつて、少くとも前記金一二万七、〇七六円が右(三)の関係における本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。(桑原宗朝)

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